何事も遅すぎる事はない!【遅咲きの偉人10】

どうしても若くして達成された偉業などは注目されがちですが、長きに渡って成功している人の多くは晩年になって花が開いたという人が少なくありません。

ただ、「遅咲きの人」はずっと幸せだったかというとそうではなく、同僚の方が先に出世や活躍をしたり、今したいコトはこれではないと葛藤する日々が続いたことでしょう。

正直なところ、彼らが得た成功体験などは参考にならないでしょう。なぜなら、同じコトをしても彼らと同じように成功するはずはないんですから。

遅咲きの偉人

「遅咲きの偉人」の中には、若い時に全く違う仕事をしていたという人も多いんです。むしろ、そういう人の方が多いかもしれません。

それでは、「遅咲きの偉人10人」を紹介していきましょう!

やなせたかし

日本人なら誰もが知っているキャラクター「アンパンマン」の生みの親でもある「やなせたかし」さんは、アンパンマンを世に送り出したのがなんと50歳を過ぎてから。

しかも、「アンパンマン」を発表した当時の評判は散々だったというのですから、何がきっかけて人気が出るのか分かりませんね。

そんな「やなせ」さんは、若い時には軍隊に招集され戦場を経験。そして、宣伝部員、雑誌の記者、脚本家など様々な仕事をしている方でした。

「アンパンマン」から伝わる「愛」や「優しさ」などは、これらの大変だった経験をベースに作られたのかもしれないですね。

スタン・リー

日本でも人気の高い「スパイダーマン」「X-MEN」「アイアンマン」などといった、人気のアメコミキャラクターの生みの親「スタン・リー」さん。

少年時代から文章を書くコトに長けていたため、マーベルの前身である会社に入社。すぐに、コミックの編集に携わるようになります。

しかし、当時の流行り物ばかりを量産し営業不振に。そして、50歳を過ぎた頃に倒産覚悟で発表した「ファンタスティック・フォー」が異例の大ヒット。

その後には、「ハルク」「ソー」「アイアンマン」など次々とヒット作を量産し、アメコミ史で最も多くの人気キャラクターを生み出しました。

モーガン・フリーマン

洋画好きなら知らない人はいない名俳優「モーガン・フリーマン」さん。実は、俳優として知られるようになったのは50歳の時。

若い時から俳優をしていたわけではなかった「フリーマン」さんは、なんと空軍のパイロットとして働いていました。

ただ、自分がしたい仕事だったわけではなかったため俳優に転向。映画に出演するまでには長い年月が必要だったようですが、今では誰もが知る名俳優になっています。

スキャットマン・ジョン

言葉を円滑に話すことができない吃音症を逆手に取った、珍しい歌い方でCDデビューをした「スキャットマン・ジョン(本名:ジョン・ポール・ラーキン)」は当時52歳。

少年時代からジャズピアノを弾いていた「ジョン」さんは、アメリカでジャズピアニストとして活躍。

しかし不況などに影響され、妻と一緒に仕事探しにベルリンへ。そこでは、ホテルのエージェントにデモテープを渡したことできっかけで歌手として活動するコトになる。

メジャーデビューアルバム「スキャットマンズ ワールド」は、世界で600万枚以上を売り上げた大ヒット作となっています。

アンナ・メアリーロバートソン・モーゼス

グランマ・モーゼス(モーゼスおばあちゃん)と呼ばれた「アンナ」さんは、本格的に筆を握ったのがなんと75歳になってから。

その数年後にあるコレクターが彼女の絵に注目し、80歳にして初めて個展を開く。その個展が話題となり、一躍有名なが画家になったそうです。

しかも、101歳で亡くなるまでに残した作品は約1600点。スーパーおばあちゃんですね。

ジェームズ・ダイソン

今となっては誰もが知る掃除機「ダイソン」の創始者「ジェームズ・ダイソン」は、1番最初の製品を出したのが40代半ば。

実は最初の試作品を作り始めて製品として世に送り出すまでに、5127台の試作品と15年という歳月を費やしたそうです。

松本清張

「砂の器」や「黒革の手帖」などで知られる「松本清張」は、作家としてデビューしたのはなんと42歳。

それまでは、数々のアルバイトを掛け持ちし、広告のポスターのコンクールに応募したりしていました。

スーザン・ボイル

イギリスの素人オーディション番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」がキッカケで世界的に知られるコトになった歌手「スーザン・ボイル」さんは、この番組に出た時が40代後半。

同年には、初来日し紅白にしも出演しました。

若宮正子

還暦を過ぎてから初めてPCを触ってから、なんと81歳にアプリを公開し「世界最高齢プログラマー」として知られるようになった「若宮正子」さん。

プログラミング以外でも75歳からクラシックピアノを習ったり、エクセルの教室を始めたりと幅広く活動をされています。

堀内辰男

表計算などに使われるツールとして利用者が多い「エクセル」で見事な絵画を描くのは、群馬県に住む「堀内辰男」。

元々は電機メーカーに勤めてられていた「堀内」さんは、退職後に暇になったので「エクセル」を使って絵を描き始めたのだとか。

今では数々の賞を受賞し、「エクセルのミケランジェロ」と海外では絶賛されています。

さいごに

「遅咲きの偉人たち」をご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか。

彼らを見ていると、何事も遅すぎるコトはないんだなと思い知らされますね。